成田、ヒースローを経由して名古屋をでてからローマまで26時間の長旅。今回2度乗り継ぎなのでロストバゲッジを避けるべく手荷物だけで旅をする。いわば断捨離の旅。必要な物しか持って行かないと心に決めキャリーバッグ一つに荷物をまとめる。今回持って行くスーツは一着だけ。ヨーロッパでは仕事、ミーティングに限らず買い物、食事、観劇などエレガントな装いがふさわしい場所が多いためスーツが重要な旅のパーツになる。またスーツのジャケットの内ボケットもスリ予防には有効だ。いつも2着持って行くのだがロロピアーナのスーパー120sスリープライが着心地が良い割にシワに強いため今回は1着にしてボトムのみ時々デニムにすることにした。シャツもネクタイも一組、下着は3組をホテルで洗えば良い。それでかなり荷物も軽減する。旅先では美味しい物も多く珍しい食べ物も味わいたいという気持ちになるがダイエットを考え昼間はサンドイッチ程度、夜も3度ホテルの部屋での軽食ですませた。ローマのテルミニ駅近くのホテルに着いたら食事もとらずにベッドで休む。

早朝ネットでチケットを購入したローマからフィレンツェまでのユーロスターに乗り込む。幸いにしていい天気で車窓からなだらかな丘が続く美しい緑のトスカーナの風景をながめながらきっちり一時間半フィレンツェサンタマリアノッヴェラ駅に着く。すぐ駅前の宿バリオーニに荷物を預け有名なポンテベッキオ脇のマドヴァに手袋を買いに行く。無愛想だが仕事ができる女性二人がてきぱきと小さい店をきりもりして女性用と男性用の革手袋を製造販売している。支店が沢山出来て企業化しているブランドではなくこういう店がぼくは好き。ここのカシミアインナーの革手袋を5年前に買って愛用している。その後駅の北バッソ要塞で行なわれているおめあてのピッティウオモ、正式名称ピッティイッマジネウォモ79に向う。今回は3日目と最終日に行く。駅に横断幕も無く、アプローチの道路にもオブジェもなく 簡素なピッティだなと思いながらいつもの入り口から入場。建物の断面図のように撮った写真で覆った建物が秀逸(右写真)。ちなみにこれはイタリアで有名な建物を修復する場合、せっかく世界から建物を来た客ががっかりしないよう、修復中のそとのカバーにその建物の大きな写真を被せるという技術を応用している。偉大な建築物が多く修復技術も進んでいるイタリアならではだ。


10年以上続けてピッティウォモに通っているが最初の目的はイタリアのデザインを学ぶつもりで通いはじめた。今年はどんな色が流行なのか。新しいデザインは出ていないかなどをチェックしウォッチングするために。でも今も最初と同じ気持ちかというとそうではない。いまは気に入ったブースを見ていてその製品を眺め、同じように見える洋服になぜわたしが惹かれたのかを考える。考え方が新しい、素材使いが新しいとかどんなライフスタイルを提案しているとか。ピッティウォモというメンズモードの俯瞰図の中で私が作るスーツがどういう位置なのか、目指しているものがクラシックの本道からズレていないかを確かめる場所と時間でもあるだろう。
今回のピッティウォモで一番気に入ったブース。RIDERS lounge と銘打ったカフェではカラヴァッジョの絵画をモデルを使ってちょっとデフォルメした写真をずらっと並べて掛けてあった。(右写真)有名な「エマオの晩餐」「ナルキッソス」「リュートを弾く少年」など良く出来ていてカラヴァッジョ好きをちょっとドキッとさせてなかなか気がきいていた。

ピッティウオモとは何か。秋冬は1月、春夏は6月にフィレンツエ駅の北、バッソ要塞で開催のメンズウェアメーカーが何百というブースを出展する展示会。ファッションショー、イベントなどもあわせて開催される。ピッティは基本的には展示会なので当然ファッションショーも併催されるが数多くのメーカー、ブランドのブースがその中心となる。そのブースでバイヤー達は買い付けることとなる。来場するバイヤーはヨーロッパを中心にアジアからも来るが一番多いのはやはり本国イタリアだろう。従ってブースもイタリア人好みとなる。ピッティに通底するものはサルト、ビスポーク、クラシックなアイテムに対する敬意だろう。イタリアはいまでも良いスーツは街のテーラー(サルト)で作ってもらうという文化が残っていてそういう服に対する尊敬の強い。クラシックの源流としての英国サヴィルロウへの憧れもある。クラシコイタリア協会のブース群がメイン会場の一番いいところに陣取り、やはり人気が高いことを考えればクラシックなものにたいするリスペクトというのはある。(クラシコイタリア協会の参加者のみが真のクラシックなのかという問題は議論の余地はある。)ピッティでよく見る着こなしでスーツのジャケットを着てボトムにデニムを合わせるというのはカジュアル化というよりも、どこかにサルトで仕立てた物を使えないかという「サルトへのリスペクト」と思えてしょうがないのだ。もう定着したエルボーパッチも英国のカントリーライフへの憧れにほかならない。テーラー、サルトが築いた文化への熱い視線を常に感じるのだ。

ピッティウオモにブースを構える事でやはり人は注目してそのブランド、メーカーを「モード」として見る事になる。たとえばバイクのヘルメットは安全のためのパーツだがそれにデザインを施しピッティに出展するとモードアイテムに変身する。そしてアウターのブースに古い英国のオートバイがならぶとカントリーライフを提案するモードとなる。右の写真はブースにリフトを作って繊維製品であるセーターやアウターにスキーのある生活という価値をつけているわけだ。モードの歴史はそういうことの堆積だ。今回日本の靴クリームメーカー「コロンブス」がメイン会場にブースを構えて高級ラインBOOTBLACKの販促のためハイシャイン等靴磨きをプレゼンしていたのはちょっと驚いた。これも「資材」として隅に置かれるのではなく「モードのアイテム」としての存在、靴磨きを日常の雑事から神聖な営みに変容していこうとする意志の現れだろう。 日本製への熱い支持も感じた。ヨーロッパでの人気をすでに確立したオニツカタイガー、ヤコブコーエンにより広く知られることになった岡山ジーンズの雄エドウィンも大きなブースを設置して人気を博していた。またSUPERDRY極度乾燥(しなさい)という日本の文字をでかでかとブランドマークにした英国ブランドも発見。モードの世界でいまや日本はエレガントなアイコンになって来たのかもしれない。
以前書いたが日本人バイヤーのスタイルは本当に洗練されている。写真に写したいくらい。韓国のバイヤーもオシャレ。でも残念ながら中国の方はまだ洗練という域まではいかない。でも中国人の数は多くたぶんイタリア人の次におおいはず。モード界で中国は経済発展ゆえの買い付けの量のみではなく世界に名だたるファッション工場という意味でも最重要プレーヤーであることはまちがいない。武骨なデザインで静かな人気があるUK製アウターのブースを見ていてとてもオシャレに進化していたので嬉しくなって個人的に購入する気持ちが高まってきたのだがふと気が付くとほとんど中国生産になりすっかり買う気持ちが萎えてしまった。中国製だからといってダメでは絶対ない。中国の工場はすばらしく優秀でイタリアの工場だとバイヤーが変わったディテールを希望してもなかなかうまくいかないが中国の工場は発注する側が思っている以上にきれいに仕上げてくる。でもその後すぐによく似た製品が市場に出回ることになるという笑えない話。 とはいえほとんど中国製のユニクロのおかげでデパートでバカバカしく高いものを買わずにすむようになった。でもお気に入りの製品には、職人の技とか、英国の薫りとかそんな夢を見たいものだ。ファッションとはそういうものじゃないか。例えばランニングシューズのニューバランスはほとんどアジア製だが一部UK製とアメリカ製をリリースしている。ちょっと高いがなんか欲しくなる。
午後五時で会場を後にし、サンタマリアノッヴェラフィレンツエ本店でおみやげを買い、トルナブオーニ通ストロッツィ宮で開催のマニエリスム画家ブロンジーノの展覧会を見てその後ロロピアーナのスタッフと情報交換をかねて夕食をとる。ページの上に戻る

























二年前から買い始めたマリックに行き店主アンドレアと再会。新しい色と柄の裏地を買い付ける。ここの裏地を買うのは3つの理由がある。
アンドレアは私との再会をよろこびまたこの2年のユーロ危機の中でのかって経験した事が無い急激な客の減少などイタリアサルトの窮状を訴えていた。ここも小さな店で本当に良い物だけを扱っている私の好きな店なのでこれからも頑張って欲しい。 その後もう1度ピッティウオモに出かけ午後ローマへの電車に乗った。
夕食にはいつも行くフォロロマーノ遺跡の近くに食堂に行く。ローマでの食事はずっとここ。体格の立派な老主人がいっさいの無駄な動きの無いサービスでシンプルな味のパスタとローマの子羊アバッキオなど肉料理そして冬の名物プンタレッラのサラダを納得の価格で食べられる。今回夜7時半に訪問したがいつもの老主人の姿は無く奥さんがなぜかいままでより陽気に接客してくれた。気がつけばご主人の写真が壁にかかっている。あれ?と思いながらもずっとここにいるインド人スタッフと誠実そうな息子さんも忙しそうに働きいつものシンプルな味をだしてくれた。お勘定の時、おとうさん今日は休みと聞いたら六ヶ月前突然亡くなったとの事。嗚呼無常。出会いがあれば別れもあるのは人の常。あのお父さんの仕事がもう見られなくなったのはとても淋しいがこれが人生。息子達に店と味が引き継がれて行くことを見つめて行こう。ページの上に戻る
朝、パンテオン近くのペリカーノさんの店でネクタイを選ぶ。マドヴァ、マリックとおなじぼく好みの小さな専門店で本当にいいネクタイをハンドメイドでつくっている。イタリア国会議事堂の至近距離でイタリア閣僚達も彼のクライアントだ。沢山買っても一本でもぜんぜん変わらない接客。こういう店がずっとつづいてほしいものだ。時間があったのでバチカン美術館の中の絵画館でカラッバッジョ「キリストの降下」を見に行きその後昼過ぎのBA便でローマからヒースローに移動。夕食は偶然ロンドンに居合わせた後輩とジャーミンストリートローリーズで。ロンドンはこれで3回目だが初めて行った時は1ポンド260円くらいで食事と言えばマックか場末の中華料理。こんな町の真ん中のエレガントな英国料理店なんか前は行けるはずもなかったのでポンド安は本当に助かる。ありがたい。


この日は休み。ロンドンから電車で約一時間のコルチェスターという町に住む友人を訪ねる。ロンドンリヴァプールストリート駅からナショナルレールに乗って東海岸に向う。冬の英国はとても暗いがその日車窓から見えるイングランドの緑はラッキーにも晴天に恵まれとても美しい。いつもは40分で行けるがこの日は日曜日で電車も少なく架線補修のために一時間半かかった、でも途中着くかどうかのびくびくも旅の良い思い出。駅で友人と出会い家に訪問した。コルチェスター中心部に近い住まいで小さいながら充実した居心地よい空間に娘さんとふたりですむ友人はとても幸せそうに見えた。昼食にはパブで日曜日のごちそうサンデーロースト、古城や公園など英国最古の町を歩きその後街の中心の市民がたくさん集う中心部の宿屋でど迫力のアフタヌーンティである「クリームティ」をいただいた。ヨーロッパ出張は緊張をしいられることが多いがこの一日はリラックスした時間がすごせてうれしかった。

ロンドンジャーミンストリートはエドワードグリーン、ジョンロブ、チャーチなど靴店、ターンブルアッサー、ヒルディッチ&キー、ピンクなどシャツ店、ベイツなど紳士用品の店がひしめきあうロンドンのみならず世界の紳士御用達の街。ここのウインドウをずっと見ているだけで紳士アイテムの勉強になる。通りの片隅には元祖ダンディ、ボーブランメルの銅像も鎮座。個人的に靴を購入した後、ハーヴィー&ハドソンでネクタイを買う。この通りでも今は安売店も進出しUKブランドなのに実は中国製というものも見かけるようになったがハーヴィ&ハドソンのネクタイはまちがいないUK製でクラシックな装いにはとてもいい。
午後はモードの研究のためサウスケンジントンのヴィクトリア&アルバート美術館(通称VA)に。占領と略奪の歴史である大英博物館とは違い陶器、鉄工芸、彫刻、宝石、舞台芸術など工芸品を数多くあつめるここはとてもキュートな空間だ。アート&クラフツ運動のウイリアムモリスがデザインした部屋でカジュアルな昼食を楽しむ事もできる。ここでスーツの歴史を見に行った。スーツは英国の王や貴族の服装を簡略化することで出来上がって来た。ウインザー公が現代スーツを確立したともいう。そんな歴史を振り返りたかった。体系的に調べるのには時間と英語力が足りなかったがモードの部屋をじっくり見て英国服飾文化を垣間みた。夜、ロックミュージカル「We will rock you」を見に行く。私は恥ずかしい事に劇団四季をはじめこの年になるまでミュージカルというものを見た事が無かった。歌って踊ってっていうのがなんかこっぱずかしかったのだ。青春のアイドルで本物を愛知県体育館で見た事もあるクイーンのミュージカルはどうしても見たかった。 昼にレスタースクエアで50%オフのチケットを入手したあと夕方7時半の開演に向けて出かけた。クラシックな内装の会場ドミニオンシアターの席に座ってびっくりしたのはまわりの何人かの女性達が背中の大きくあいたイブニングドレスを着ていたこと。ミュージカルは毎日やっていてチケット代金は4000円ほど、それもクラシックやオペラなどエレガントなコンサートでなくロック系ミュージカルにもかかわらずイブニングドレスを着て楽しんでしまう場の雰囲気を大事にする英国人の着こなしの精神には敬服した。ページの上に戻る





午前メイフェア地区のドーメル社を訪問。ドーメル社はロンドン有数のマーチャントで日本マーケットでも親しみ深い。ドーメルは1842年にフランス青年ジュールス・ドーメルが 英国から毛織物を輸入してフランス国内で販売することから始まり現在はフランスとロンドンオフィスを構え世界に紳士服地を販売している。アポイントを取っておいたスタッフ、パトリックさんとオフィスでのミーティングのあと彼と取引のあるセヴィルロウのビスポークテーラーを見学させてくれるという。セヴィルロウは長さ100m足らずの南北の通りでほとんどビスポークテーラーでかってビートルズがLETITBEで屋上ライブをやった旧アップルのビルもある。向って東側の建物はだいたい階段をすこし上がったところが店やオフィスになっていて地下が工房という作りになっている。セヴィルロウには過去2度訪れたが私自身テーラーなので、オーダーもしないのにずうずうしくセヴィルロウ名店の敷居をまたぐ度胸はもちあわせてなくいままで有名テーラーの店内にはいったことはなくよだれをたらしながらウインドウ越しにじっと熱いまなざしを向けていたのみ。今回のこの素晴らしい体験を与えてくれたドーメルさんに感謝。ページの上に戻る
見学はまずEDEandRAVENCROFTから。1689年創業のここはたぶん最古のセヴィルロウテーラー(正確にはセヴィルロウではなくChanceryLane)で英国王室の式典や法廷で用いる服ROBEを作っている。入り口にどどんと取り付けてある3つのロイヤルワラントつまり英国王室御用達がまぶしい。つぎにセヴィルロウ一番地1771年創立のギーブスandホークス。こちらは英国海軍御用達でウィンザー公の軍服も作っていた、本格的ハンドメイドオーダーのビスポークだけでなく、イージーオーダー(英国での呼び方はメジャートウオーダー)、既製品、革靴も販売し店内には革靴修理のセクションもある大規模な店舗。それから創業1849年のハンツマンに入る、その後ヘンリープールに入ってオフィス、工房とじっくり見学させてもらった。ヘンリープール、1806年創立で英国のみならずヨーロッパ諸国の王室から40ものワラントを獲得しているセヴィルロウでも最も重要なビスポークテーラーだと言える。まず階段を上って入り口から入るとサロンというより仕事場風の空間、そこに大きい裁断台があり、服地を裁断していく。もし可能なら一枚写真を撮っていいかと訪ねると何枚でもいいから好きなだけ撮れと許可をいただく。ビスポークという文化の中心に存在しその文化を世界にひろめるんだという気概と鷹揚な精神を強く感じた。最初のオーダー時フィッティング(仮縫い)は4回、フィッティングを待つ服がたくさん掛けてある。ページの上に戻る


地下におりてみると若い人から年配の技術者まで約15人がパンツ製作、袖を作り取り付ける過程、毛芯を服地に縫い付ける芯据え過程など、複数の過程に別れて熱心にそして楽しそうに作業をしている。毛芯も一着ずつお客のサイズに合わせて手作りしているようだ。縫う準備であるシツケも細かく施して精緻な縫製だということがわかる。奥には英国王室儀典服も作っていて来たるウィリアム王子の結婚式用かもしれない。一人で一着全部縫う訳ではなくやはりパーツごとに得意分野の熟練工が担当した分業制の方がきれいに縫い上がるし作業効率もよく何より重要な事は上手な職人と初心者の職人がバラつきが抑えられる。わたしの店と同じ考え方で作っているわけだ。芯の原料はと質問するとやはりウールと馬のしっぽだと教えてくれた。重要なパーツは手で仕上げミシンで出来るところは日本の優秀なJUKI製を使っている。一着50万オーバーの偉大なヘンリープールと日本の当店の値段はるかに異なってはいるのでハンドメイドのパーツは多く精緻な作りだが製作方法ではつながっていると強く感じた。セヴィルロウで完成したビスポークを「秘技」として隠匿していたわけではなく世界に「文化」として発信し続けたから離れた場所でも類似性を感じるのだ。感激をおぼえながらカッター(裁断技術者)と記念写真をとり店を後にした。


パトリックさんがすれ違って挨拶する顔見知りはみんな完璧なセヴィルロウスタイルの「背広」を着ている。そんな男達を見るとすごく気分が高揚してくる。その後かって毛織物マーチャントが多く存在しいまもドーメル一族が住むドーメルハウスがあるゴールデンスクエアに行く。広場の中でひときわ大きいかってドーメルの本部があった建物は内部を完璧に建替え一新し、その名もドーメルハウスとしてサッチャー元英国首相を迎えてオープニングセレモニーを行った後、地下1階地上6階全てをソニーエンターテイメント社とソニーピクチャー社に賃貸している。ビル内部を見学した後、ランチということに。バーリントンアーケード裏のパブ「マリガン」でうまいギネスを飲んで酒談義に。好きなウイスキーは最近はジェイムソンだと話していると急にパトリック=聖パトリック=ギネス=ジェイムソン=アイルランドとつながってパトリックさんはアイリッシュだと分かった。なんだか嬉しくなり昼からアイリッシュウイスキーをストレートで楽しんだクローバー党だった。ページの上に戻る







